1.シミュレーション結果の検証
電卓で計算をするとき、その結果を確認しますか?
また、どのような確認をするでしょうか?たとえば、108 x 39 = 5215となった場合、5215をそのまま答えとして書きますか?
多分、何らかの検算をして、答えはおかしいと思うでしょう。
もう一度、計算をしなおすか、暗算で大体の答えの予想を付けておいて、その答えとの確認をするのか、一番下の桁の計算をして、確認するのか、など、いろいろな方法で確認すると思います。
特にお金の計算など、大事な計算では、何度かの確認をするはずです。しかし、伝送線路解析の結果についてはどうでしょうか?
もちろんシミュレーションですから、条件を変えて何度ものシミュレーションを行うでしょう。しかし、これは解析作業の業務としての条件を変化させるパラメトリック解析手法であって、シミュレーションの検算ではないと思います。
結果が分からないからシミュレーションを行うのであって、結果が分かっていれば、シミュレーションは行わない。
結果が分からないものに対して、結果が合っているのかの検証は不可能だ。これは、よく言われることです。
しかし、これまで何回か説明したように、シミュレータは電卓と同程度の(それにしては高価ですが)道具です。結果を保証するものでは有りません。結果は、シミュレーションを実行した人が検証し、責任を追うものです。結果の検証は重要です。
ここでは、正しい解析結果を得るための手法と、結果の検証について説明しましょう。
2.スペック検証
まず、シミュレーションを実行する前に、ICのスペック、回路図、シミュレーションする回路が何らかの規格に基づいているのならば、その規格について検証しましょう。
特に、最近の高速信号の規格では、シミュレーションの条件、期待されるシミュレーション結果などが詳しく記述されている場合もあります。また、インターネットで、規格やシミュレーションの情報を探すと多くの参考になる資料が見つかります。ASICなど、高機能LSIでは、ICベンダの資料に解析に関するものが多くあります。
これで、期待される解析結果が入手できたでしょう。
あとは、実際の回路でシミュレーションした結果を、この理想的な解析結果と比較すればよいのです。また、これらの規格やスペックは、解析結果を評価するときには必ず必要となります。解析を実行する前に、これらの資料を整理して、規格をまとめておきます。
ICの規格は多くの場合、DCスペックとACスペックに分かれています。DCスペックは、定格電圧や、スレッショルドレベル、信号電圧など、多くは電圧に関する定格です。ACスペックは、タイミングなど動作信号に対する定格です。
3.モデル検証
伝送線路解析に限らず、シミュレータにとっては、入力してやるデータが解析結果の全てです。電卓で言えば、入力する数が、シミュレータの入力データすなわちモデルです。
伝送線路解析では、3種類のモデルが使われます。I/Oモデル、パッケージモデル、基板配線モデルの3つです。
IBISモデルは、このI/Oモデルとパッケージモデルの2つを一体(たまに別ファイルとして2つのファイル)としたモデルです。一般に基板配線モデルは、伝送線路シミュレータが基板レイアウトCADの基板情報を読み込んで、自動的にモデルを作成して、IBISモデルと接続して、解析を実行してくれます。
解析を実行する前に、必ず、この3つのモデルの検証をします。これらのモデルが間違えていれば、解析結果が違ってしまうのはもちろんですが、場合によっては、解析エラーとなって、解析が実行できない場合もあります(こうなった方が、エラーがはっきりして、一見、良さそうな結果が出るよりもよいのですが)。
モデルの検証は一応IBISモデルの場合を主に説明しますが、Spiceモデルについても、その都度説明します。
まず、I/Oモデルを検証します。これは、多くのシミュレータに付属しているIBISビューアー機能を使うと便利です。また、有償、無償のIBISビューアーが出回っていますので、持っていなければ是非、入手しておくことをお勧めします。
まず、I-V特性を調べます。まず特性がモノトニック(単調増加、単調減少)になっていることを確認します。IBIS規格では、I-V特性は、単調に変化することが条件となっています。
次にI-V特性から、ドライバの出力特性(ドライバストレングス、出力インピーダンス)が分かります。大体Vcc/2程度の電圧での電流地を読みます。この結果から、立ち上りと立ち下りのどちらのドライバが強いかも分かります。
モデルの、Typ, Min, Maxの確認もします。通常、Typ, Min, Maxは原点で交差し、他では交差しないのですが、悪いモデルでは、特性が交差したり、ひどいときにはMinとMaxが逆になっているようなものもあります。
次にV-T特性を調べます。V-T特性とI-V特性はお互いに関連があるので、I-V特性に負荷直線を追加して、V-T特性との関係が正しいことを確認します。
また、IBISのI-V特性と[Ramp]定義を使って解析すれば、V-T特性が得られます。シミュレーションで得られたV-T特性とIBISモデルに書かれているV-T特性は、完全には一致しません(完全に一致するならば、IBISモデルに、V-T特性を定義する必要性は有りません)が、モデルがある程度正確が、誤差が大きいかの判断は出来ます。
パッケージモデルは通常、IBISモデルから与えられます.
しかし、高速信号の解析では、Sパラメータとか、Spiceモデル等で与えられる事もあります.このため、伝送線路シミュレータの中には、IBISモデルだけでなく、SパラメータやSpiceモデルが使えるものもあります。
Sパラメータは今後重要な解析モデルになるので、Sパラメータについては、回を改めてじっくりと説明します.
基板のモデルは、やはり、高速信号の解析では、専用の3次元フィールドソルバーを使ってSパラメータやSpiceモデルを作成して使います。しかし、一般には、通常は伝送線路解析シミュレータがCADの設計データを使って自動的に計算するので、解析の時はあまり気にされません.
しかし、ここで、注意差しなければならない事は、基板の層校正です。
一般に、基板レイアウト設計CADでは、レイアウト設計のため、基板の層データは持っていますが、基板の3次元的な正確な層校正のデータは持っていません.
伝送線路解析には、各層の厚さや、材料の誘電率、誘電損失やレジストの情報が必要です. 基板は基板メーカーによって、層の厚さや配線幅のコントロールに少しずつ異なった経験値に基づくノウハウがあります。
このため、基板設計者が、100ミクロン幅で50Ωと特性インピーダンスとして設計した基板でも、実際の基板は90ミクロン幅となっている、などということは普通です。このため、基板メーカーからは、実際の出来上がり寸法が書かれた、基板仕様書が出されます。
シミュレーションで基板モデルを定義する場合、実際の基板情報である、基板仕様書に基づいて、モデリングした方が精度が高くなります。しかしCADデータは設計値なので、注意が必要です。
4.結果検証
解析結果が得られたら、必ず、この結果も検証します。実際の解析を標準値(Typ.)だけしか行っていないときには、境界条件での解析も行い、結果を確認します。具体的には、Min条件とMax条件での解析をします。IBISモデルは通常、Typ, Min, Maxの3条件が定義されています。
また、このMin, Max解析では、基板のMin, Maxなども付加して解析すると一層、正確になります。
次に、検証済みの他のIBISモデルを使って検証してみます。当然、このときのモデルは、同じロジック(C-MOSやLVDSなど)や、同じ規格(DDR2やPCIeなど)のものを使います。
このような「検算」を行うことにより、解析結果に対して、信頼性をあげると同時に、結果に対する自信や責任を持てるようになります。